研究のための小物たち T 〜辞書〜




B.英和辞典と和英辞典



70年前に作られ、なんと今でも売ってる名著・齋藤英和


私が英学に志を立てたのはある日店頭で斎藤秀三郎先生の『英和中辞典』の初版を手にした時であった。あの辞典が発音に仮名を用いたことだけで中等学校によってはあの辞典の使用を禁じたところもあるとさえ聞いたが、少なくとも私にはあの辞典は全く自分一人のために作って下すったかの感をうけた。後年斎藤先生のお宅を訪問してあの二階の書斎でお会いしてその事を語った時に、「そうだったか」と一言満足の意を表されたことがあった。赤い表紙のあの『英和中辞典』と青い表紙の『井上英和辞典』とこの二冊を私は寝ても覚めても手離さなかった。夜寝る時は胸にかかえて寝さえした。
(田中菊雄 『英語研究者のために』)



(3) 英和辞典

 国語辞典以上に、使っている辞書を見れば、その人の教養がだいたいわかるのが英和辞典でしょう。大学生ならば、高校時代の辞書をそのまま使い続けているか、それとも大学生になってからちゃんとした辞書に買い換えたどうかで、その学生がまともかどうか、ある程度判断できます。

 とはいっても、ある程度のレベル(関大受験生レベル?)以上の高校生がいちばんよく使っているであろう『ジーニアス英和辞典』、私は2006年の年末に第4版(G4)が出て、初めて買ったのですが、これ、本当によくできた辞書だと思いました。商学部の中邑先生が編集委員をされているから、お世辞を言うというのではなく、本当に驚いたのです。

 ジーニアスといえば、高校生の学習用英和のチャンピオンみたいな存在で、いまの大学生なら必ず一度は英語の先生に推薦されて手に取った経験がある辞書なんでしょうが、これの初版が出たとき、私はすでに学生ではなかったので、ちゃんと見たことがありませんでした。おそらく英語の先生でもない限り、私より年上の人間だと、ジーニアスなんていう名前さえ聞いたことがないという人、多いと思います。

 しかし、このG4、机上版を買ったせいもあるでしょうが、紙面が見やすいし、語法の説明が詳しくてわかりやすいし、気に入りました。ものすごく初歩的な英語(というよりも米語)にしか接しないというならば、大学生でも相当使えるんじゃないかと思ったほどです。われわれにとっても、英文を「書く」ときには、非常に参考になる辞書となりそうです。でも、英文を「読む」ということで言えば、やっぱり専門用語というか、時事的な言葉など、語彙がちょっと足りないかな・・・。

 たとえば fair trade という言葉は一応収録されてはいますが(むしろ、それだけでも評価すべきなのかもしれませんが)、2006年末に出た最新の辞書、しかも学習者向きの辞典としては、訳語・説明がわかりにくく不十分「公正取引〔貿易〕」となっています。後述するように、この訳語、書き方は間違いではないけれど、非常に不親切と言わざるを得ません。)で、この類の多少専門的な用語については、全然力を入れていないんだなという感じがします。この辞書だけでイギリスの新聞や雑誌、あるいは歴史的文献が読めるかというと、われわれのような並の英語力しかない人間にはちょっと苦しいでしょう。この辞書の性格上あたりまえですが、固有名詞はとくに弱く、Robert Owen も、Rochdale も、CWS(イギリスを代表する協同組合)も、もちろん載っていません。そういう語を期待すべき辞書ではないのです。

 ジーニアスは収録語数9万4000語ということですが、これは受験勉強専門の日本の高校生には十分すぎて、外国の文献を使ってちゃんと勉強する大学生にはちょっと足りない、というくらいの語数でしょう。イギリスで売られている自国の高校生向き辞典、あるいは外国人英語学習者用の辞典でも、17万とか18万語を収録しているものがありますから、大半は滅多に使わないような語かもしれないけれども、10数万語はないと、英語圏では日常生活のなかでも困ることがあるということかと思います。

 あと、もう一つ残念なのは、価格がやや高めなこと。「持ち運ぶなら電子辞典」という時代ですから、「紙の辞書を買うなら見やすい机上版で」と思ったんですが、そんなに大きくもないのに、税込みで6090円もしました。普通版なら3465円ですが、それでも貧弱な辞書しか知らない高校生や大学生から見たら、もしかしたらちょっと高く感じられるかも・・・。実は2000円台の英和辞典の2倍以上の価値はある辞典で、こっちを買った方が結果的には絶対得すること間違いないんですけどね。辞書だけは安さで選んじゃいけません。



最強の学習英和 『ジーニアス 第4版』



 それでは、語彙数の少ないジーニアスに代わり得る大学生・社会人向け英和辞典としては、どんな辞典があるのか。大英和辞典というと、『研究社大英和』と『ランダムハウス第2版』が代表的でしょう。(以下、つづきを執筆中・・・)